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自然の恵みで命をつなぐ フィリピン通信10

フィリピン通信10  2010.1.12.

自然の恵みで命をつなぐ                       穴田久美子

48歳のジュリエット・ロメロさんは、15人の子に囲まれながら、笑顔で語る。
「私もこの子たちもこんなに元気なのは、ヒロット(伝統的な産婆さん)とココナッツと薬草のおかげだよ」。

命をこの世に送り出すスペシャリスト

ルソン島の南端にあたるビコール地方のナガ市では、国家資格を持つ助産師さんと、伝統的な産婆さんのヒロットを、ともに命を世に送り出す大切な専門職として、市役所が認証。組織化を支援して助産師とヒロットがともに情報交換や勉強会を開けるように資金援助も行ってきた。助産師の多くは若い世代の人たちなので、年配のヒロットたちから経験に根付いた薬草やマッサージ、忌避などの知識を学んでいる。今、助産師をしている人のほとんどが、自分が生まれた時、ヒロットのお世話になったのだから・・・。ヒロットの中には小学校も卒業していない低学歴の人も多い。経験だけが頼りの中高年齢の産婆さん。しかしこの地方は、今でも看護大学で国家資格を得た助産師より、ヒロットに高い信頼を寄せている。

 

癒しのスペシャリスト

ヒロットを翻訳すると「癒す人」。産婆としてだけでなく、体の疲れ、手足の痛み、内臓の不調までその知識は生かされている。リンパや血管、筋肉に触れながら、その痛みを和らげてくれるマジックハンドの持ち主。日本的に言うと「気」を持っている人。また薬草の知識が豊富で、内臓の苦しさ、皮膚のかゆみ、頭痛、咳や発熱などに対応してくれる。その「癒し」のマジックハンドの技術は体系化され、指圧やタイ式、中国式などと並んで、フィリピン式は「ヒロット」として、近年、世界のホテルの高級スパのメニューに組み込まれるようにもなってきている。

ヒロットはマッサージの前に、バナナの葉を一万円札2枚を横につなげたほどの長さに切り、体温より少し高めの温度に温めたココナッツバージンオイルに浸し、それを背中などに張り付けながら移動させる。その移動の途中にすべりが悪かったり、施術を受ける人が違和感のある場所に患部が存在するという。例えば肝臓や腎臓が存在している場所にバナナの葉が移動した時に滑りが悪くなると、ヒロットは「腎臓が弱っているね、結石があるかも知れないから毎日2リットル以上のココナッツ・ウオーターを飲むんだよ」とアドバイスする。

 

伝統医療が支える命

ではジュリエットさんの子供たちの健やかさと、15人産んでも元気はつらつの丈夫な体を支えた、フィリピン伝統のヒロットについて詳しく伝えよう。妊娠に気づいたら、まずヒロットに相談。栄養のある食事や「体を冷やすんじゃないよ」などのアドバイスを受ける。つわりの間は、やはり酸味がほしい。フィリピンの定番はグリーンマンゴー。熟していない硬くて黄緑色のもの。これに少し塩を付けながら妊婦はほおばる。そして出産。出産の痛みはヒロットの手が和らげる。出産の瞬間、臍の緒は竹をシャープにした手作りナイフで切り離す。竹には殺菌作用が自然に秘められている。産湯はない。ココナッツオイルで丁寧に赤ちゃんの汚れをふきとる。オイルが余分に体に付着している場合は、ルクバン(ポメロ)の葉やグアバの葉を煎じた温かいお湯にガーゼを浸して、やさしくぬぐい取る。とにかく胎内にいたときの温度以下にならないように気をつける。また乳幼児の間はなるべく髪を切らない。頭の皮膚をあまり外気にさらさないため。

母親の赤ちゃんの出口は、人肌の温度にしたバナバ茶をガーゼにタップリしみこませて、温めながら清潔にする。汗への水分補給は、温めたココナッツジュース。エネルギー補給は自宅の畑のカカオで作った、黒砂糖入りのココアドリンクと、近くの山から取ってきた野生の生姜と蜂蜜で作った、サラバット(甘くした生姜茶)。そしてなんと最初の子の出産では、15日間水浴び(風呂)することを禁じられる。温かいバナバ茶をタオルにしみこませて、体をふくだけ。家事も外出もゆるされない。トイレ以外はほとんど横になって授乳のみの毎日。でも第二子以降は10日間後に、水浴びをできるし通常の生活に戻ってもよい。たくさんの母乳を出す秘訣は薬草のマルンガイ。お茶のように煎じても、スープに入れても食しやすい。カリウム(バナナの3倍)、たんぱく(牛乳の2倍)、カルシウム(牛乳の4倍)、ビタミンA(人参の4倍)、ビタミンC(オレンジの7倍)がたっぷりの薬草。近年は薬局で、マルンガイの葉を粉末にしてカプセルに詰め、サプリメントとして売り出している。

産後の健康維持は「ピト・ピト」(7・7)という名の薬草茶。七種類の薬草が入っているお茶で、体が弱っている高齢者も愛飲する。マンゴー、バナバ、グアバ、アラガオ、パンダン、アニス、コリアンダーの7つの葉や種を煎じたもの。それぞれは単品でも薬草茶として使われるが、7種を一度に飲むと、「総合万病予防薬」として君臨する。咳を止めるのが“マンゴーの葉”、糖尿には“バナバの葉と種”、胃炎には“アラガオの葉”などの効果が実証されてきた。

 

心のケアのスペシャリスト

ヒロットは妊婦の心のケアのプロでもある。夫が浮気しているかも」と悩む妊婦さんに「夫が寝ている時、こんなおまじないをするといいですよ」とケース・バイ・ケースでご指南。姑への愚痴の聞き役と家族関係のアドバイザーとしても活躍する。そして初めて母親になった女性には、子育てへの様々な知識も授ける。ちょっと怖いが、フィリピンにも日本の藁人形と同じものが存在して、針や釘で・・・、そのあとは想像にお任せ・・・。

赤ちゃんに「しゃっくり」が出たときは要注意。しゃっくりの時に吸い込む空気に悪霊が入り込む恐れがあるから。しゃっくりが始まると、それを止めるため、口紅で赤ちゃんの額に直径1センチほどの丸い印をつける。悪霊対策にもなる。口紅がない場合は母親の唾を赤ちゃんの額に付けて、その上に小さな白い布片を張り付ける。そして寝かせず、縦に抱きながら背中をさすり続ける。またぬるま湯の滴を少々飲ませる。とにかくしゃっくりは早めに止める努力が必要。また外出の時は、しゃっくりがなくても、赤ちゃんの額の真ん中に口紅で小さなしるしをつける。これも外出時に悪霊が赤ちゃんに近づかないようにするため。

そして女の子が生まれたとき「玉の輿」へのアドバイス。「歩き始めるようになったら、足をまっすぐに成長させるマッサージを教えるからね。ガニ股になったら困るよ。決して両足を開くようなおぶり方をしてはいけないよ。それから週に一度は、ココナッツオイルを作るときに表面に集まる、貴重な上澄みの部分(ココナッツバージンオイル)を瓶に集め、それで皮膚や髪の毛のパックに使うんだよ。女の子は“美しい足の形”、“肌の柔らかさ”、“そして長いまっすぐな輝く黒髪”がチャームポイントだからね。その3点を究めれば、お前さんの娘は間違いなく玉の輿だよ。」

フィリピンでは男の子にも足のマッサージを施す。ガニ股のことをフィリピン語で「サカン」という。そして第二次世界大戦中、暴力的で横柄な日本兵をフィリピン人は陰で「サカン」と呼んで嫌った。フィリピン人女性と日本人男性との間に生まれた子供も増えているが、その子が「ひやかし」や「いじめ」で言われる言葉の中で最も不愉快な言葉のひとつが「アナック・ナン・サカン」(ガニ股の子)。その言葉の奥に、多くのフィリピン人を苦しめた日本兵のイメージも「ガニ股」に込められているからである。

 

久美子のひとりごと

私の実家は北海道で二番目に長い、天塩川の最上流に位置する村にある。つまり天塩岳連峰の麓にある僻地。病院のある大きな町へはバスで片道1時間。私は子どもの時、風呂敷をマントにして木の上から飛び降りたり、川に飛び込んで、よく手足をくじいた。そういう場合、「大和の爺さん」「観音さんの婆さん」と呼ばれる人の家に連れてかれた。そこで呪文とともにその爺さんや婆さんが痛い部分を触ってくれて、いつの間にか痛みが消えていた。爺さんはお灸をしたり、「吸い玉」で血液を皮膚に集めて治療してくれた。婆さんは指圧で痛みをほぐし、墨と塩で子どもの疳の虫(かんのむし)を取っていた。私も「日本のヒロット」に助けられていたのだ。そして私も妹も農家のため病院で出産するお金がなく、自宅で産婆さんの手でこの世に生まれ出た。母の11人の姉妹兄弟、父の6人の姉妹兄弟も、産婆さんのお世話になったという。ジュリエットさんと同じである。

 

***ヒロットの知識は、ナガ市サバン地区の82歳のヒロットおばあさんから伺った。20歳から祖母や母に弟子入りして学び、62年間のヒロット経験を持つ。ヒロットは単に技術や知識だけでなく、特別な「気」を生まれ持つ血筋に伝わる「ヒロットの家系」に受け継がれている。もちろん男性のヒロットも多く、出産でも活躍している。

 

プロフィール
Kumiko Anada
北海道出身。マニラ在住22年。フリーで取材や通訳などを仕事にしている。海外労働者や女性、
こども、先住民族が抱える問題を支援するNGOでボランティア。

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