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フィリピンと日本をつなぐフェアトレード <タラ村の支援プロジェクトと東北被災地をつなぐ> 

フィリピンと日本をつなぐフェアトレード

(雑誌『re』特集: つなぐ 2012.10.に掲載したものです)

はじめに

フェアトレードは、公正貿易、民衆貿易、草の根貿易ともいわれる。社会的に立場の弱い小規模生産者に公正な対価を約束し、持続的な取引を通して、生産者の生活向上をめざす、もうひとつの(オルタナティブ)貿易である。中間業者を通さずに直接取引きし、材料購入のための前払いを行ったり、商品開発に協力するなどの配慮をして生産者の経済的自立を応援する。
私たちはフィリピンの貧困地区の人々の収入向上を目的にフェアトレードを行うNGO(非営利団体)だ。「パクパク・ナティン」はフィリピノ語で「私たちの翼」という意味で、フィリピンの人々、そして日本の私たちが、それぞれの翼の力や可能性を信じ、公正な世界の実現をめざして行動していこうという思いを込めている。

被災者支援からフェアトレードへ

会の中心メンバーの5人は、1990年代に駐在員家族としてフィリピンに数年暮らした経験があり、ピナトゥボ火山大噴火による被災者の救援ボランティア活動を経験した。寄付金や生活物資を集める活動は、日本人社会をひとつにつなぎ、大きな支援の成果をあげ、私もボランティアの醍醐味を初めて味わうことができた。しかしながら、試行錯誤の連続で、援助の難しさも痛感した。寄付金が現地で貧富の格差を生んだり、対立の原因になったり、お金のもたらす厳しい現実も見聞した。また、援助が長期化するにつれて、「あげる人」と「もらう人」という一方的な関係が長く続くことに強烈な違和感を覚えるようにもなったのだった。
帰国後は、「日本から自分たちのできることは? 市民同士が対等な立場でつながる方法はないだろうか」と同じ思いの仲間たちと模索が始まった。
そんなとき、マニラで親交のあったカトリック教会の日本人シスターから、「スラムで女性たちが製作している刺繍のカードを日本で売ってくれませんか? 一切の寄付はいりません、カードを買うことで彼女たちの仕事を支えてほしいのです」と声がかかったのだった。
寄付はお金を渡して一度で関係は終わるが、フィリピンの生産者と日本の消費者を直接つなぐことができれば、より強力な市民同士のつながり=絆を育てることができる。私たちはシスターと意気投合し、メンバー5人で資金を持ち寄り、草の根貿易が2000年にスタートした。

ユニークなアイデアとすぐれた手仕事

現在の私たちの主力商品は、マニラ郊外のカローカン市タラ村の2つの縫製グループが製作する人形や布絵本などの布おもちゃである。タラ村にはかつてフィリピン最大の国立ハンセン病療養所(現在は一般病院)があり、多くの患者が家族と移り住んだ。治癒する病気にもかかわらず、地域全体が社会的偏見にさらされ、回復者も家族も雇用機会が少なく厳しい生活を強いられていた。
約30年前、愛徳カルメル修道会の二人のシスターが、家族の収入向上のために人形工房をたちあげ、試行錯誤の末、童話をテーマにしたユニークな変身人形を考案した。たとえば、「赤ずきん」は、スカートをひっくり返すとおばあさんに早変わりし、さらにおばあさんのキャップを外すとオオカミに変わる。こうした仕掛けのお人形は20種類以上に及ぶ。シスターは、志願者にはまず手洗いから教え、針目が飛ぶと何度でもやり直しをさせて厳しく縫製技術を指導したという。その結果高い品質が保てるようになり、修道会のネットワークで欧米へも輸出され、タラ村に200人もの雇用を生むようになった。

私たちもこの楽しいユニークな商品を日本の人たちにも知ってほしいと思い、「世界の童話を楽しむ人形展」を開催し、生産者の現状やフィリピンについても伝え、たくさんの方々にご支援をいただいてきた。

フェアトレードは、ゆっくり続けること

ところが、2001年の9.11.同時多発テロ後あたりから、現地では注文が激減した。このころから欧米や日本の会社は、より安く生産できる中国に商品を作らせるようになったのだ。さらに、2004年には指導者のシスターが亡くなり、たちまち人形工房は窮地に立たされたのだった。
翌年には工房の経営が厳しくなり、規模を半分に縮小した結果、多くのスタッフが仕事を失うことになった。困ったことに解雇を不当として修道会を訴えるという者も現れた。さらに、ミシンや材料などを勝手に持ち出し、顧客を奪い合って独立するという事件も起きた。そんな折、アメリカからの2000個の大口注文に喜んだものの、出来上がった段階ですべてキャンセルされるという信じられない不払い事件も重なった。
2006年訪問時には、週に一回やっと仕事があるという危機的な状態だった。そこで「クリスマス人形展」を急遽開催して工房の窮状を訴えたところ、お客様からは温かいご支援をいただき、やっと100個というささやかな注文を出すことができたのだった。
翌年は、「工房はもう閉鎖しているかもしれない・・」という重い気分での訪問となったのだが、工房は少し活気を取り戻していた。そして、リーダーのノエミさんが満面の笑みで出迎えてくれ、「私たちからの感謝の気持ちです」と額入りの感謝状をプレゼントしてくれたのだった。
「顧客を失って、まったく注文がなくなって工房の閉鎖を迫られたとき、いつもと変わらずに定期的に注文をしてくれるパクパク・ナティンの存在は、私たちにとって一筋の希望となりました。そして、大きな危機をなんとか乗り越えることができたのです。ほんとうにみんな感謝しています」
ノエミさんの思いがけない感謝の言葉に、私たちのほうが深く感動して胸がつまった。それまでタラ村に年に2回のペースで通い続け、逆境のなか生活向上のためにがんばる彼らを見守り続けてきた。でも1回の注文は100-200個ほどで、それを年に3-4回というペースである。「小さくゆっくりと継続させること」は、フェアトレードでよく使われる言葉だが、私たちの思いが相手にも伝わり、小さなつながりが相手の危機を救うこともあるのだと、継続の底力を8年目にして強く実感することができたのだった。
新体制の工房は、2008年秋には修道会から独立し、「多目的協同組合」として自律的な経営を目指し、意識改革に取り組んでいる。

困難を乗り越えながらのモノ作り

さて、フィリピン国内では高い縫製技術を誇る彼らだが、世界で一番厳しいといわれる日本の市場の水準にはいまだ達していない。厳しい指導者であったシスターを失ってからは、みるみる品質が落ちてしまい、年に2回の出張時には、たくさんの返品商品を抱えていくことになってしまった。製作は、布をカットする人、ボディーを作る人、スポンジを詰める人、頭を作る人、というように、完全分業制で、仕事が補い合えないのがネックだ。改善点は、担当者の目の前で具体的に説明し、理解してもらっている。


また、「納期が守れない」ことも彼らの大きな問題だ。製作が遅れる理由のひとつが、材料の欠品だ。フィリピンでは材料の「在庫切れ」がしばしばで、見つけたときに確保しないと次にいつ入荷するかわからない。彼らは材料を買う資金の余裕がないので、発注時に半額を前払いするのだが、仕入れ量はぎりぎりになる。また、雨季にたびたび発生する自然災害も貧困地区を直撃し、大きな被害を及ぼす。したがって、私たちの日本の取引先は「納期」に理解のあるお店に限られているのが現状だ。
多くのスタッフは家族が病気になると、病人の世話で仕事ができなくなり、薬代のための借金で困窮してしまうことが多い。そこで組合では、一番需要が高い低金利のローン制度も運営している。私たちの商品購入価格は、現地の市場価格よりも1.5倍から2倍と高いのだが、フェアトレードの利益は、直接生産者だけに及ぶものではなく、一部はこうした組合の福利事業にも使われている。

人と人とのつながりで商品開発をパワーアップ

フィリピンは、労賃や材料費、輸送費等のコストが年々上昇しているが、デフレの日本では、販売価格は据え置かざるをえない。今は円高に助けられているが、原価をいかに抑えられるかが大きな課題になっている。そこで、材料費と輸送費を節約しつつ、訴求力のあるオリジナル商品の開発に力を入れている。たとえば、ロングセラー商品の「お祈りくまさん」は、輸送費の節約のため、140gから40gへとダイエットに挑戦した。取引先のお店から紹介していただいた若手のぬいぐるみ作家さんの協力で、材料を節約してより可愛く、チャームとして持ち歩けるように工夫していただいた。別の作家さんからのデザイン提供で、童話をテーマにした小ぶりなチャームシリーズも製作中だ。彼らは表情などのミリ単位の指示や細かなハギレの配置も忠実に守り、プロも感心する出来栄えとなっている。


また、日本で廃棄されてしまう生地見本帳などのハギレを提供していただき、「カワイイ」小物作り「もったいないプロジェクト」も進行中だ。多摩美術大学の協力で、学生が商品開発に参加してくれている。

東日本大震災の被災地と生産者をつなぐ

震災直後、フィリピンから安否確認やお見舞いのメールが次々と届いた。あるグループは、「この商品を販売して寄付金にして津波被災者に届けてください」と夏用カゴバッグをすぐ日本に送ってくれた。生産者との強い絆を感じ、感激するとともに、はっと気づいた。日本の私たちはいつも「応援・支援する側」だったのだなと・・・。
彼らに後押しされるように、私たちも支援活動を開始した。まず出張費を義捐金と震災支援に充て、布おもちゃを発注した。それらをセットにして被災地の保育園や養護・児童施設に寄贈することにした。現地のNGOに行政や一般の寄付が届かない施設や団体を探していただき、見本を届けてニーズを確認してから希望する団体に寄贈している。

東北大震災で被災した宮城県亘理町の保育園に布おもちゃを寄付

また、仮設住宅の厳しい冬を想定して、保温調理に使う「魔法のかぼちゃ」という鍋カバーも新しく商品開発した。材料費がかさみ、挫折しかけたが、知り合いの布問屋さんが良質なコットン生地100Mを半額で提供してくださり、友人の型紙デザイナーが、作りやすく可愛らしい形を考案してくれた。さらに料理研究家も被災地で作りやすいレシピを開発してくれた。被災者を助けたい、またフィリピンの生産者の仕事作りにも協力したいというみんなの熱い思いが結実して、12月に福島などの被災地に初回生産分をお届けすることができた。

省エネ料理ができる保温調理カバー「魔法のかぼちゃ」を被災地の希望者にお届けしました。

市民の力でより公正な世界を

私たちの商品には、多くの人の思いが込められ、人と人のつながりや絆が形=商品になっている。

ひとりひとりの経験や技術、労力をささやかに提供し合い、それを必要としている人のために生かす。そのプロセスでコミュニケーションが生まれ、より強いつながりが育っていく。「つくる人と買う人が笑顔でつながるフェアトレード」これは、私たちがいつもアピールしているキャッチフレーズである。協働によって生まれる笑顔のつながりは、ささやかな達成感や喜び、幸せ感をもたらしてくれる。小さな市民の力を持ち寄り、このような関係を継続的に育んでいくことにより、国境を越えたより公正な世界の実現に近づいていけると考えている。微力ではあるが、それに向かって努力していきたい。

参考文献
遠藤康子・佐藤育代共著『妻たちのピナトゥボ応援団』明石書店 1999年/
遠藤康子・どこからどこへ勉強会共著 『地球買いモノ白書』コモンズ 2003年

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雑誌『Re:特集 つなぐ』(一般社団法人建築保全センター刊 2012.10)に掲載

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