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2.282022
フィリピンの不思議な布つなぎ技法 渡辺敬子 その3
◆渡辺敬子さんの論文を3回に分けて掲載。今回は3回目で、「輪結びつなぎ」技法の再現・図解のまとめです。
フィリピンの不思議な布つなぎ技法 渡辺敬子 その3
*写真・図版等の無断転載を禁じます。
第五章 図解
アメリカの2つの博物館蔵品及び個人蔵品、見つかったものはすべて再現した。その図解と解説。
図解A ミンダナオ・イスラム・グループ
A-1 布と直角・縞模様
マラナオ・マロン―――大島ちえ蔵、関緑蔵 (同一断片渡辺敬子蔵)
ここに出てくるマロンはすべて生地、刺繍糸ともに絹。
生地は一見無地に見えるが、よく注意して見ると布はし(輪結びつなぎのそば)に何色かの筋がある。
輪結びつなぎは6~7色の色が使われるが、各色は地や筋と同色。
織り糸を何本か撚り合わせ刺繍糸にして使用されている。
A-2 布と直角・幾何学模様
マラナオ・マロン―――吉田よしこ蔵
縞模様の変形と考える。私の知る限りに於いては、これ1点のみ。ただしこのデザインで織って作ったランキットが見られることから、まだ他にもあることは確かである。
糸の動きを考慮し、方眼紙に幾何学模様を作図すると作りやすい。
A-3 布と直角・レース模様(狭)
マラナオ・マロン――スミソニアン博物館蔵#257661
マロンは絹地、黄色。黄色は昔マラナオのロイヤル・カラーであったことから、このマロンは身分の高い家族のものであったと想像できる。
現物を見ていないので不確かではあるが写真より判断すると、これは市販の刺繍糸を使っていると思われる、1989年現地調査時バコロド・チコ村の一婦人が「以前は市販の刺繍糸を使った事もある」と言っていた証明になる。
菱形1つは9個の結び玉、横一列3玉、これはマラナオ輪結びレース模様の基本形であり、つなぎ巾が細いことから輪結びつなぎ初期の作と思われる。
A-4 布と直角・レース模様(広)
マラナオ・マロン――渡辺敬子蔵、他多数
これと同じレース模様のマロンが一番多く残っている。シャーロット・コフマン蔵(輪結びつなぎ部分のみ)ラモン・オブサン蔵、バコロド・チコ村人蔵、他。1989年バコロド・チコ村に55歳以上ではあるがこの技法保持者がいた。
A-5 布と直角 レース模様にアウトライン・ステッチ入り
マラナオ・マロン 渡辺敬子蔵
これはレース模様の変形である。私が知る限りに於いてはこれ1点のみ。
A-6 布と直角・レース模様
マギンダナオ・シャツ――スミソニアン博物館蔵・#283007
マギンダナオ族はマラナオ族の南隣で宗教も同じイスラム教徒であることから、このレース模様はマラナオ・マロンのつなぎを真似たと想像する。
菱形1つは16個の結び玉。
巾の狭い布に輪結びつなぎを取り入れ、上手く直線裁ちのシャツに仕立ててある。
A-7 布と並行・三角を交互に並べる模様
タオスグ・パンツ――ラモン・ヴィリエガス蔵
パンツの生地は紫色の絹・しゅす。輪結びつなぎは細い絹糸使用。輪結び巾は、約5ミリ。図20の様に交互に小三角形を作り、一つ三角形が出来上がる毎に、その前に作った三角の斜線部分とからげ止め付けている、からげて止めつけた部分が輪結びでないため弱く、古くなった現在その部分が所々で破れている。このパンツには上着がついている、上着は地色が黒、輪結びつなぎはパンツと同じ。『HABI』 262ページ参照
図解B ミンダナオ・非イスラム・グループ
B-1 布に並行・レース模様
マンダヤ・シャツ――フィールド博物館蔵-#129847,#129838,#129848
シャツの生地は麻、刺繍糸は綿。3点とも輪結びつなぎは同じデザイン。
菱形1つは64個の玉で構成。但し輪結び部分が1色のもの、色を変え縞にしたもの、毛糸のポンポンを輪結びつなぎ部分にたくさん付けたものがある。
布に並行に作業すると共にレースを入れる事により、布と布の間がよく伸縮し、袖付けに最適であることがわかった。
生地はミンダナオ特産品abaka麻、このシャツの写真をラモン・ヴィリエガスさんに見てもらったところ、このシャツの生地は百年以上前に織られた布、現代ではこのように薄いアバカは織ることが出来ないと言っていた。
B-2 布とジグザグ・レース模様(透かし部分が少ないため輪結び組織は殆ど動かない)
マノボ・シャツ――ラモン オブサン蔵 (マノボ族はミンダナオ北東部の少数民族・聖霊信仰)
シャツの生地は市販の綿。輪結びつなぎは綿糸。
シャツの生地が新しいことから、マノボには現在も輪結びつなぎ技法保持者がいるのかと思った。しかし輪結びつなぎ部分は古いものを切り取り新しいシャツに縫い付けてあった。「結びで作った組織が布に対して、いかに丈夫で長持ちするか」が理解して頂けるだろうか。図23のように輪結びつなぎは両肩部分に付いている。
私がよく見た結果片方は作る際の表、もう片方は裏側を表として縫い付けられていた。このことからも「輪結び組織は作る際の裏、表の区別がつきにくい」ことが分る。
叉輪結びつなぎだけでなく、刺繍部分も古いものを切り取り新しいシャツに縫い付けてあった、刺繍も単に飾りだけでなく衣服の補強もかねていることがわかる。その事をシャツの持ち主、ラモン・オブサンさんに伝えたところ、彼はそのような事は全く気付かなかったと、驚いていた。
ラモン オブサンさんは外国講演もするフィリピン民族舞踊団オーナー・監督・民族学者・少数民族民俗衣装コレクターでもある。膨大な彼のコレクションを2日がかりで調べさせてもらった結果、彼のコレクションの中にマラナオ・マロン、マノボ・シャツ、ティンギャン・シャツの3点輪結びつなぎを見つけた。彼のコレクションの多くは、実際彼自身が地方に民俗舞踊取材調査に行った際入手したものだそうである。
図解C 北部ルソン・山岳部・精霊信仰グループ
C-1 布とジグザグ・レース模様
ティンギャン・シャツ――フィールド博物館蔵, #108870, #108874, #90386、 #108875(このナンバーはAbura patocとなっているがデザインはティンギャンと同じ)及びラモン・オブサン蔵
生地は手織り、綿。輪結びつなぎは絹糸使用、糸は光沢が有り、撚ってないことから絹の織り糸を使用していると思われる。
巾の狭い手織り布を輪結びでつなぎ、上手く直線裁ちシャツに仕立ててある。
第VI章 考察
VI-1自分の手で再現してわかったこと
Ⅵ-1―A 組織の形状
輪結び組織は、結び玉の粗密により下図のように変化する
VI―1-B 布に対する作業方向と伸縮方向
伸縮方向は作業方向(糸の進む方向)と関係する。
Ⅵ-1-C 工夫の数々
- 組織の形状と、伸縮方向は使用目的により組合わされている。
- 輪結びつなぎ組織の巾は結び玉の数と使用する糸の太さにより変化する。
- 太い刺繍糸を使用すると結び玉が大きくなり組織も厚くなる、作業も早くできる。細い糸を使用するとその逆。
- 衣類の生地と輪結び組織は同一素材が多い。特にマラナオは残しておいた織り糸で刺繍糸を手作りし使う。
- 生地と輪結び組織の厚さを揃える、薄地には細い糸、厚地には太めの糸を使用。
- フィリピンの輪結びつなぎは布つなぎの一手法であるが、それを上手く取り入れ飾りと機能両方に使っている。
- リバーシブルであり、作る際の表、裏どちらかを表として使用する。
- 結び玉で組織が出来ている為非常に丈夫である。衣類が古くなり破れても輪結び組織は強く美しさも保っている為、輪結び組織部分だけ切り取り売られ(シャーロット・コフマン蔵)、再利用する(ラモン・オブサン蔵)場合もある。
- 輪結びつなぎは作るのに時間がかかり技術と根気も必要。
VI-2 輪結びつなぎは織物、編物、刺繍のどれに入れるか
輪結びつなぎは両側に布がついており針と糸を使う事から、最初は刺繍の一種であろうと考えた。
しかし
織物は縦糸と横糸から組織をつくる。
刺繍は織物やその他の組織の上に針を使い糸で模様をつくる。
編物は針、棒、かぎ針などを使い糸や毛糸を絡めて組織をつくる。
このことから輪結びつなぎはどれにも属さず「輪結び組織」と呼ぶことにした。
VI-3 フィリピンの他に輪結びつなぎはあるか
輪結びつなぎはフィリピンの外にもないか随分探した。私は夫の勤め先である国際機関の婦人会サークル活動の1つ、「マクラメ結び」を長年我が家でやっていた。サークル仲間はイギリス、ベトナム、インド、バングラデシュ、ネパール、ブータン、シンガポール、ミヤンマー、台湾などの手芸好きな婦人達であった。次々見つかり再現した輪結びつなぎをこれらの婦人達に見せ、彼女達の国叉は何処かでこのような物を見た事がないかたずねたが、誰一人見た事のある人はいなかった。この仲間にも希望者には輪結びつなぎの手ほどきをした。
夫の職業柄外国に住み、多くの国をたずねるチャンスにも恵まれ、各国の博物館や土産物店でも布つなぎを探したが輪結びつなぎは見つからなかった。
しかし1990年日本で、国立民族学博物館特別展“アンデス文明展”の中の1点にとんでもない宝物が見つかった。「#787 動物文様頭帯 結び節編み パラカス MA T1197」これを私の手で再現することになる。ペルーの頭帯再現は別に記す。
VI-4 フィリピンの輪結びつなぎについての考察
VI―4―A 何から生まれた技法か
マロンの穴補修に輪結び組織(図33の上二つ)が、またティンギャンの腰巻スカート補修に非輪結び組織(図33の下二つ)が見つかった。
しかし私は、衣類の補修が輪結びつなぎの原型とは考え難い。
輪結びつなぎが他にないか探し求めているうちに、フィリピンの少数民族衣装に多種多様な布つなぎ技法が見つかり、布つなぎを中心にそれらを収集した。フィリピンは布つなぎの宝庫である、それらを再現中なので、そのうち図解する。
”輪結びつなぎ”はたぶんフィリピンの少数民族の人々が自分達自身で織った貴重な布を、無駄なく、より美しくそして機能的な衣類に仕立てる布つなぎを工夫しているうちに自然発生的に生まれた技法であろうと私は考える。
VI-4-B どれ位古くからある技法か 最盛期はいつか—-
スミソニアン博物館蔵のマロン#257661は1900年前後にマラウイ市周辺で収集され、1909年博物館に入った。
このマロンの輪結びつなぎは細く、横一列3玉であることから、たぶん”マラナオ輪結びつなぎ原初”に近いと私は考える。
徐々に輪結び組織の巾が広くなり、色の工夫、模様の工夫などが加えられていく様は、時代と場所を超えた紀元前アンデスの輪結び組織・頭帯と同様である事がわかってきた。今、アメリカのスミソニアン、フィールド両博物館に残っている物から想像すると・・・フィリピンの輪結びつなぎは1800年代に生まれた技法であろうと私は考える。
そして特にマラナオ族に於いて、“輪結びつなぎ”が盛んであったのは、第二次世界大戦以前であると考える。1940年頃までが最盛期であり、1989年にはマラナオに技法保持者がいたがもう作っていなかった。
さいごに
3人の子供たちが私の手元から巣立って行く、ちょうどその頃「輪結びつなぎ」と出会った。まさかこれを追い続けるなど予想もしなかった事である。しかし1つのことを続けているうちに次々新たな発見があり、その都度自分の手で再現していく楽しさに思わずのめりこんでしまった。
ミンダナオ大学のサベール教授によると、輪結びつなぎについて1989年の時点では調べた記録も調べられた記録も無いそうだ。そこで輪結びつなぎの発見、再現、調査の記録をここに残したい。
なお輪結びつなぎ研究は吉田よしこ氏他ここに名前が出てくる方の他にも多くの協力者があったから可能になったことである。協力者の皆様にここで謝意を表明致します。
2003年2月 渡辺敬子
(2021年12月現在この技法の関する調査・研究の記録はこの論文以外には存在しない)
参考文献
The Primary Structures of Fabrics—an Illustrated Classification
by Irene Emery, The Textile Museum, Washington D. C., 1980
Sinaunang HABI—Philippine Ancestral Weave
By Marian Pastor-Roces, Communications Technologies, Inc., Manila, Philippines、1991
『もっと知りたいフィリピン ―――もっと知りたい東南アジア5』綾部恒雄・永積昭編 弘文堂 昭和58年
『フィリピンの織物』フィリピン織物研究会 1985年
『Filipica 第20号』 フィリピンに学ぶ会 1985年
『Filipica 第28号』 フィリピンに学ぶ会 1988年
フィールド博物館・資料
スミソニアン博物館・資料
Charlotte Coffman 資料
図解清書・イラスト 渡辺友子
渡辺敬子 (わたなべ けいこ)
1941年静岡県生まれ。静岡県立女子短期大学卒業。主婦。夫の転勤に伴い、英国4年、フィリピン25年、米国2年、ウズベキスタン2年と30年以上にわたり海外で暮らす。1972年から1997年迄フィリピンで暮らした25年間の後半は少数民族の民族衣装の布つなぎとして見つかった「輪結びつなぎ」を再現してから古い民族衣装、織物、布つなぎに興味を抱きその収集、再現、研究をするようになった。
1990年に古代アンデスの頭帯に出会い、結び技法が存在していたことを知り、フィリピンの「輪結びつなぎ技法」の知見をもとに、古代アンデスの頭帯の再現に成功した。以来30年、ライフワークとして古代アンデスの頭帯の技法の再現と図解に取り組んでいる。その成果は、2000年間途絶えていた古代アンデスの技法を現地の人々に指導して手渡し、再び復活させるという活動にも結実している。
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渡辺さんの研究はフィリピンから2000年の時空を超えて、アンデス文明パラカス期の頭帯の技法解明へと続きます!
★渡辺さんは、フィリピンの輪結びつなぎ技法を再現した後、古代アンデンス文明のパラカス期の頭帯に出会います。2000年間途絶えていた謎の技法を1枚の写真からの再現に2年かけて成功しました。以来、パラカス期の頭帯の調査研究を30年以上続け、2018・2019年にはペルーの人たちに技法を引き継ぎぐことになります。
そのわくわくする展開を引き続き、当ブログに寄稿していただきました。
『フィリピンの不思議な布つなぎ技法からペルーの頭帯再現へ』をご覧ください。
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フィリピンの不思議な布つなぎ技法 -発見 再現 図解 調査などの記録-
全目次 (その1・その2・その3)
その1
はじめに
第I章 写真から技法再現
- 出会い
- 写真だけではどうにもならない
- アメリカ人織物研究家の橋渡し
- マラナオの婦人も写真の様なものは見たことがなく作ることもできなかった
- マラナオ婦人アテカ・ババエさんのやり方
- 吉田さんは見ていただけ、私は同じ物を作ろうとした
- 一つの結び玉から解明の糸口見つける
- 試行錯誤から試作品第1号誕生
- 基本形発見 マラナオは布と直角
- 輪結び、輪結び組織、輪結びつなぎ、とは
- 布つなぎ全般から見た輪結びつなぎの位置
- 幾何学模様再現
- 写真から不思議な技法が再現できて満足
第II章 新たな発見が思いがけない転機となる
- レース模様発見
- マロンを買わずにレース模様の再現努力
- 困難そして友人から縞模様サンプル入手
- レース模様図解・再現
- 民族衣装収集第1号入手
- 輪結び組織には表裏があることを発見
- 最初買わずに苦労してよかったこと
- アンティーク店 博物館めぐりをはじめる
- レース模様にアウトライン・ステッチ入り発見
- 夫の協力
- サベール教授からの返事
その2
第III章 マラウイ現地調査 広報
- マラナオ族だけが住む村・バコロド・チコ
- 村一番の名手・ティボロンさん(Hadja Aisa Tiboron 70歳)
- 刺繍糸は手作り・オマールさん(Hadja Aisa Omar 64歳)
- バコロド・チコではレース模様のみ、しかし日本人は・・・村人の驚き
- 伝統織物は現在も織られている、しかし輪結びつなぎは消滅寸前
- マロンあれこれ 村人の服装
- サベール教授と村人へのQ and A
- 広報
第IV章 アメリカの博物館にもフィリピンの輪結びつなぎがあった。アメリカでも調査した人がいた
- アメリカの博物館の蔵品再現
- フィールド博物館からの返事
- スミソニアン博物館の蔵品記録
- なぜ20世紀頭にフィリピンの物がアメリカの博物館に入ったか
- アメリカにも輪結びつなぎを調査した人がいた
- シャーロットさんの調査記録
- 輪結びつなぎが再現可能になった経緯――シャーロット・吉田・渡辺の連携プレイ
その3
第V章 図解
- ミンダナオ・イスラム・グループ
- ミンダナオ・非イスラム(精霊信仰)グループ
- 北部ルソン山岳部・精霊信仰グループ
第VI章 考察
1.自分の手で再現して分かったこと
a-組織の形状
b-布に対する作業方向と伸縮方向
c-工夫の数々
- 輪結び組織は織物 刺繍 編物のどれに入るか
- フィリピン以外に輪結びつなぎはあるか
- フィリピンの輪結びつなぎについての考察
a-何から生まれた技法か
b-どれ位古い技法か
さいごに
参考文献
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