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3.22022
フィリピンの不思議な布つなぎ技法から古代アンデスの頭帯再現へ 渡辺敬子
フィリピンの不思議な布つなぎ技法から古代アンデスの頭帯再現へ
渡辺敬子
結び玉からつながったフィリピン~古代アンデスの技法解明
ペルー南海岸砂漠の墓地遺跡から出土するミイラ包みからは、紀元前のパラカス期(注1)に遡る美しい刺繍マントや装飾品が出てくる。その殆どが遺体を着飾らせたものだ。頭に何本も巻かれた、それらの帯は綴れ織りや組み紐、針を使って作る結び組織など手間暇かけて作られた帯である。
私は長年フィリピン住み、そこで見つけた「布つなぎ」を再現していたことから、この古代アンデスの帯にたどり着くことになった。そしてフィリピンで試行錯誤しながら結び組織の基本を習得していたことが、古代アンデスの帯の再現へとつながることになったのだ。
(注1) パラカス期とは、紀元前2世紀ころにペルー南部のパラカス半島を中心に栄えたアンデス文明形成期文化のひとつ。砂漠のなかの地下墳墓から発見された多数のミイラと豪華な織物に特色がある。
古代アンデスの頭帯との出会い
1989年から90年にかけ国立民族学博物館による「大アンデス文明展」が日本で開催されているなか、マニラに住んでいた私に日本の知人から連絡があった。展示物の一つにフィリピンの布つなぎと類似する帯があるとのこと。90年6月、開催中の同展を見るため帰国し、大阪の倉庫に保管されていた帯に初めて出会うことになった。
フィリピンの布つなぎ組織は幅2センチ前後と細いが、目の前に現れた帯(頭帯)は幅10センチ、長さ105センチと巨大。さらに現代のデザインと錯覚するかのような斬新な文様に驚愕した。フィリピンの結び組織は糸の動きを往復作業で作ることから結び玉は整然と配列する。しかしアンデスの頭帯は、結び玉が一様ではなく、幾何学文様がとんでもなく複雑である。しかも頭帯は物凄く古く、方々欠損し穴も空きかなり劣化していた。
フィリピンの布つなぎを写真から再現した経験がある。アンデスの頭帯も人の手で作られたものだ、わたしの手で再現できないはずはないと思った。しかし糸の動き、針の操作は想像以上に複雑だった。結び組織は先ず1つ結び玉を作り、次々と玉数を増やして組織を拡大するが、最初のスタート点を探すのにも苦労した。帯の先端からか,文様の中心か、あらゆる可能性を試した。
アンデスの頭帯を2年かけて再現
2年かけて再現できたのが下の写真のパターンである。幅10センチ、長さが17センチのこのパターンは、約6000の結び玉で出来上がっている。2000年以上も前、古代アンデスの人々は図面もなく、これを作った。金属の針などなく、サボテンのトゲや骨を代用して。趣味や余暇で作れるものではない。技法伝承の専門集団があったであろうが、その技法が誰にも分かる形で解明されることはなかった。長い時を経て、遠く離れた日本人の私がそこにたどり着けたことに驚いている。
結び組織の調査にペルー・リマを訪問
—2000年以上途絶えていたアンデスの技法
結び組織で作られた頭帯の再現に取り組むなか、リマ在住で古代アンデスの技法を研究する瀬尾有紀さんの助けを得、2011年リマの国立考古学・人類学・歴史博物館に結び組織の調査に赴いた。
博物館では、収蔵された頭帯の撮影を行う一方で、修復・保存部の職員に結び技法の手ほどきをしたが、パラカス期の技法を知る人がいないことに驚かされた。この機会に復活させなければ、この技法は永遠に途絶えてしまう。そうした焦燥感にかられた瀬尾有紀さんから、その後リマでの講座を提案されることになった。
ペルーの大学で「結び組織」技法の講座を開講
瀬尾さんの企画で2018年と2019年の2回にわたり私はペルー・カトリカ大学で講座を持つ機会を得た。
講座を受けに来た人達は、織物、編み物、陶芸、衣服デザイナー、ファイバー・アーティスト、宝飾デザイナー、考古学等々の専門家の皆さん達であった。
瀬尾さんにはその5年前、フィリピンの布つなぎとパラカスの頭帯の作り方の基礎を手ほどきしてあった。多くの参加希望者に先ず瀬尾さんがそれぞれ3日から2週間程かけてその基礎を教え、それが出来た人達だけが中級、上級に講座参加したとのこと。彼女もリマでの針、幾種類もの糸の調達、講座の場所の確保等々準備はさぞかし大変だったであろう。
私は受講者の皆さんにリマの博物館の収蔵品にこだわって伝授することを試みた。最初、ペルー天野博物館の収蔵品の頭帯作りのはじめ部分を手ほどきし、次に考古学博物館の収蔵品の中で初歩の人にも出来そうな細くて単純な幾何学模様の頭帯数本を選び(頭帯は巾5㎝~20㎝程の物まである)私の作った図解図と、レプリカのサンプルも見せて実際皆さんに結び組織作りをしてもらった。
カトリカ大学で2019年2回目講座をしたが、その上級講座の参加者の多くは前回に出席した顔なじみの人達であった。参加者全員が日本人の私が、自分たちの知らなかったパラカス期の技法を見つけ出して図解・再現・レプリカを作ったことに驚いていた。皆さん興味津々、貪欲に習ってくれた。
講座参加者達は、最初は簡単だと思っていた頭帯作りが、次第に糸の動きと針操作が複雑になり作るのが困難になる、だから今まで誰も完全再現できなかった結び組織の頭帯であることが判り、驚愕していた。「Keikoが10年かかってやってきたことを私達に2日間で教えてくれている」と言った人がいた。私もこの機会に出来る限り40年間やってきたことを現地の人達に手渡そうと努力した。
2018年の講座中に30人程の受講生を国立考古学・人類学・歴史博物館に案内し、収蔵庫からパラカス期の結び組織の頭帯の数々を出してもらい、全員でそれを見た。受講生達は太目の糸を使って自分の手で作ったが、2000年前の現物は欠損だらけではあるが細い糸で精巧に出来ているのに感心していた。お膝元の博物館だけに多くの頭帯があり、この先自分達がこれらのレプリカ作りを手掛けようという意欲がうかがわれた。博物館側の職員方も予定時間を大幅にオーバーしたにもかかわらず丁寧に対応してくれた。
2019年のカトリカ大学での講座でも、天野博物館に受講生を案内し、3本あるオリジナルのパラカス期頭帯を見せてもらった。その時私は苦労して再現した天野の収蔵品3本目の頭帯図解図と再現レプリカを持参して天野博物館に納めた。
現地の人々に古代アンデスの「結び組織」技法を手渡す
ー中学校の生徒たちに伝統技法を教える
瀬尾さんは1年前にリマ郊外の公立中学校の男性の音楽教師に結び組織の基本の作り方を教えたそうだ。その教師がそれを300人の生徒達に教え、生徒たちが作品まで作ってしまった。今回、その中学校に1時間半だけ教えに行ったが、私の受講生4人も同行して彼女達が教えてくれた。彼女達は「今後は1ケ月に一度この学校に教えに来たい」と教師に伝えていた。
この公立中学校は、近くの山の斜面にバラックの家屋群がへばりつくように立ち並んでいる場所にあり、生徒達の親は職がなく、アルコール中毒の父親がいる家庭の子供も多いと教師が言っていた。でも生徒達は男女共に素晴らく手が器用で独創的な発想力を持ち、目がキラキラ輝いていた。
生徒達は真剣に新たなジグザグ模様の作り方を覚えてくれた。「是非また来年、私たちがこれから作る作品を見に来て下さい」との言葉に涙が出てしまった。
教師によると、このあたりの子供達は一般のペルー人に引け目を感じているが、この技法を習得したことで「自分達は他の人達が知らないペルーの伝統技法を覚えたと自信を持つようになりました。今後はこの子達の母親を巻き込んで、何らかの方法で親たちの意識改革につなげたい」という先生の考えと人柄に胸を打たれた。
クスコの織物センターで織物の達人たちに技法を伝授
クスコの伝統織物センター(Centro de Textiles Tradicionales de Cusco)にも瀬尾さんと国内線で飛んだ。週末の土・日の二日間、各村から一人ずつ選ばれて来た10人の参加者の半分は民族衣装姿だった。
我々二人は全くどうなる事かと不安を抱えながら、先ずフィリピンの布つなぎから始め、次にカトリカ大学でやったと同じやり方でパラカスの頭帯作りに進んだ。カトリカ大学での受講者は高学歴で物作りのプロ集団であったのに対し、クスコの10人は織物の達人ぞろいであった。
パラカスの頭帯は複雑な糸の動きで針操作も様々。リマの受講生達が最初はかなり苦労しながら作業をしていたのに対し、クスコの人達は私の作ったレプリカを見ながらどうにかして作ろうと、間違いもあったが手早く結び玉も最初からきれいに配列、器用でリマのプロ達より格段に覚えが早いのに瀬尾さんと私は舌を巻いた。パラカス期に結び組織の頭帯を作ったのはこのような集団の人達であったに違いないと確信した。
織物センターの職員によると10人はそれぞれの村に帰ってから村人に教えることができる人を選んだとのことで若い男性もいた。最後にここでも「また来年クスコに我々の成果を見に来て下さい」と言われ涙の別れとなった。
パラカス期のエリート達が実際使っていた結び組織の頭帯をお膝元の人々に知らせることが出来、ほぼ2000年間消滅していた技法も復活し、ペルーの人々にお返しする機会に恵まれた。この先もおそらくミイラ包みを解くことによりこの種の頭帯は出てくるであろう、新たに出て来る頭帯を後輩の誰かが再現してくれることを期待する。又この結び技法を頭帯だけではなく別な用途に使って生かすこともすでに始まっているので今後の展開が楽しみである。
1点ごとに試行錯誤が続く技法の再現と図解
私は多くの協力者を得てパラカス期に作られた頭帯の結び技法を復活させ、これまで誰一人手を付けず知られずに博物館に保存されていた帯を探し出し、2021年までに25点の図解、レプリカを作成した。しかし、今も1点ごとに試行錯誤の繰り返しである。
これらの頭帯はステイタス・シンボルとして長きにわたって使い、死に装束でもある。儀礼に使われた特別の帯もあることが分かってきた、その理由は帯の図柄と再現してみてわかったことだが、補修の手が何回も加えられ長きに渡って使い続けられたものがある。今後も私は新たに見つかるこの種の帯をできる限り図解再現して収蔵元に届けたいと考えている。そしてこれらはどのような儀礼にどのように使われた帯なのかをアンデス研究者・考古学者の助けをかりて知りたいと考えている。
2020年10月には、カトリカ大学の芸術デザイン学部が、私が著した「パラカス期結び組織で作った頭帯再現記録」のデジタル版(スペイン語・英語)を出版してくれ、コーネル大学の元研究員がパラカス期と結び技法の帯について詳しい解説を寄せてくれた。2022年には英語・日本語の書籍として出版される予定になっている。
(電子版ホームページ スペイン語・英語 http://repositorio.pucp.edu.pe/index/handle/123456789/172484
英語・日本語 http://repositorio.pucp.edu.pe/index/handle/123456789/182807)
渡辺敬子 わたなべ けいこ
1941年静岡県生まれ。静岡県立女子短期大学卒業。主婦。夫の転勤に伴い、英国4年、フィリピン25年、米国2年、ウズベキスタン2年と30年以上にわたり海外で暮らす。1972年から1997年迄フィリピンで暮らした25年間の後半は少数民族の民族衣装の布つなぎとして見つかった「輪結びつなぎ」を再現してから古い民族衣装、織物、布つなぎに興味を抱きその収集、再現、研究をするようになった。
1990年にペルー・古代アンデスの頭帯に出会い、「結び組織」技法が存在していたことを知る。そしてフィリピンの「輪結びつなぎ技法」の知見をもとに、古代アンデスの頭帯の再現に成功した。以来30年間、ライフワークとして古代アンデスの頭帯の技法の再現と図解に取り組んでいる。その成果は、2000年間途絶えていた古代アンデスの技法を現地の人々に指導して手渡し、再び復活させるという活動にも結実している。
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★フィリピンの布つなぎ技法については以下の別ブログをご覧ください。