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蜜月期間が終わったマルコス政権 フィリピン通信20

マニラ在住のジャーナリスト穴田久美子さんからのフィリピン通信をお届けします。 <フィリピン通信20>

 

蜜月期間が終わったマルコス政権  穴田久美子

 

5月9日に実施されたフィリピンの大統領選挙を過半数以上で勝利した、新大統領フェルディナンド・マルコス Ferdinand Marcos Jr. /ニックネームはボンボン・マルコス)は、6月30日の就任式のあと、36年ぶりにマラカニアン宮殿に「帰宅」した。ボンボンの母イメルダ夫人7月2日の93歳の誕生日を、万感の思いで、帰宅先で迎えた。新政権発足後100日間は「ハネムーン(蜜月)期間」とし、メディアも反政府団体も「お手並み拝見」と厳しい批判をしない。しかし父親の独裁政権の中での戒厳令下、多くの人権活動に参加した人々が超法規的殺人の犠牲者となっていった。その暗い歴史を体験した人々は今も、反マルコス運動を続けている。

サラ・ドゥテルテ副大統領候補の陣営。ボランティアは戒厳令を知らない若者たち。

 

「あの独裁者の長男がなぜ?」多くの日本の友人から「フィリピン人の常識を疑う」との声が届いた。勝因の第一に挙げられるのはタッグを組んで副大統領に圧勝した前大統領ドゥテルテ氏の長女サラ(前ダバオ市長で44歳)の存在。父ドゥテルテ大統領の任期終了前の最終支持率は80%近くに達していた。マルコス家はルソン島北部の出身、母イメルダ夫人はレイテ島出身、ドゥテルテ家はミンダナオ島出身、フィリピン全土に支持基盤を広げていった。

 

元副大統領レニー・ロブレド氏は人権弁護士

対して、元副大統領で人権弁護士だったレニー・ロブレド氏は、ルソン島南部の出身で大都市の比較的高学歴層に支持されていた。ロブレド氏はドゥテルテ大統領とぶつかりながらも、被災地支援、貧困対策でかなりの高評価を受けていた。

ロブレド氏の夫ジェーシーはビコール地方のNaga市長を22年間続け、アジアのノーベル賞と呼ばれるマグサイサイ賞を受賞、ノイノイ・アキノ政権で自治相も務めたが、飛行機事故によって54歳で死亡、翌年夫の遺志を継いで政治家を目指し、下院議員に当選。国政の舞台に立ったきっかけが、夫の非業な死と言う意味で、コラソン・アキノ大統領と似ていると言われてきた。議員になってからのロブレド氏は、災害は起きると真っ先に支援に向かうことで有名だった。大統領選で負けを認めて2022年7月にNGO「Angat Buhay(生活向上)」を立ち上げ、選挙運動で仲間となった若者が中心となって、教育、健康、災害援助の活動を進めている。

 

ネットを駆使して父親の悪政をイメージチェンジ

マルコス氏は、前回の副大統領候補としてロブレド氏に負けてから、6年間の“失業”期間をずっと、SNSでマルコス家の悪いイメージの払しょくに努力、「父親の時代は治安が安定し、経済発展も著しく、アジアでスーパーパワーの国に育てた」と、1980年以降に生まれた56%のSNS世代に影響を与えた。SNS世代のほとんどがマルコス政権を打倒した「ピープルズ・パワー」を体験していない。そしてコーリー・アキノ大統領、ニノイ・アキノ・ジュニア大統領の時代の経済政策がお粗末だったネットを駆使して伝えた。「トロール・アーミー」と呼ばれる高給で雇われた、組織的SNS発信部隊が、他候補を圧倒する量の情報を流し続け、得票率58.77%を導いた。

 

活発な公共事業でインフラ整備

コロナ渦が落ち着いた今、どん底だった経済が確かに上向いている。それは当たり前の事だが「ビルド・ビルド」と声高に、地下鉄、高架鉄道、高架高速道路などのインフラを、中国、日本、韓国、欧米からの政府開発援助や借款で急ピッチ。失業者を公共工事で吸い込んでいる。それもあって、反政府運動は小規模になっているが、100日後、様々なひずみが現れ、蜜月が終わるころ、タスキをかけなおすジャーナリストや運動家、庶民の声は堰を切ってあふれることだろう。

 

メディアを避け続けているボンボン・マルコス大統領

政権発足後、ボンボン氏は記者会見をなるべく避け続け、海外メディアからの単独インタビューもまだない。コロナ渦と世界情勢の経済悪化のため、インフレ率は6パーセントに悪化、政府の債務も約13兆億、対GDP比では約65%と17年ぶりの高さ。またボンボン氏は2,030億ペソ(約5,000億円)の相続税を滞納しているとデゥテルテ政権下で税務署が指摘していたが、この問題もまだメディアは忘れていない。

メディアを避け続けているボンボン・マルコス大統領も、蜜月が終わると「説明責任」を果たす時期に来ている。様々に変化する世界情勢の中で、アメリカと中国との関係方針を示さなければならない。オックスフォード卒という学歴も「実はドロップアウト」と詐称が話題になっている。しかし、選挙戦で討論を避け、他候補者の批判もせず、「団結、ユニティ」と曖昧な言葉の連呼で選挙戦を展開し、施政方針演説でも「より良い未来への希望」を語ったが、ドゥテルテ元大統領のような「麻薬撲滅」などの具体的な方針は示されなかった。「敵を作らない」選挙戦での方針を政治にも生かすのだろうか?「良い未来、それって何」のフィリピン人庶民の声が沸々と広がるのは、たぶん近い未来。

 

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著者プロフィール

Kumiko Anada :  北海道出身。マニラ在住37年。映像制作コーディネート、取材、通訳を仕事にしている。海外労働者や女性、子ども、先住民族が抱える問題を支援するNGOでボランティア。

 

著者近影。メディアボックスから選挙戦を取材。

 

 

 

 

 

 

 

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