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被災した母子を助ける母乳バンク フィリピン通信14

被災した母子を助ける「母乳バンク」  穴田久美子  2014.3.28.

11月8日に発生した、巨大竜巻のようなスーパー台風と最大6メートル以上の高波に襲われたタクロバン市にあるレイテ島の中核病院、東ビサヤメディカルセンターに、今でも多くの母子が救命のために押し寄せている。その母子にマニラから定期的に冷凍母乳が届けられている。マニラにある国立ファベリア病院にある「母乳バンク」が、その基地となっている。

ファベリアはマニラの貧困層の母親たちが一般の私立病院の10分の1の値段で安心して出産できる場所。毎日60人から80人の母親が新しい命をこの世に送り出している。災害の現状と母乳が現地で必要とされていることを知り、その母親たちは喜んで、母乳を提供。しかし授乳のあとの空腹は、病院が提供する食事だけでは、いつも不足。そこで元ストリート・チルドレンが働くパン屋さん「アルティス」はマルンガイ(英語名モリンガ)の葉を乾燥させてたっぷり練りこんだ栄養たっぷりのパンを毎日100個作って、この病院に届けている。資金は日本からの善意の寄付で賄われている。

この母乳を受け取っている病院、 東ビサヤメディカルセンターは、海岸近くに建てられているため、高波が救急治療室やCTスキャンなど高度な医療機器のある一階部分に押し寄せ、甚大な被害をもたらした。波が引いた後、医療スタッフは数日をかけて掃除と消毒に頑張り、一日も休むことなく、患者を受け入れ続けた。亡くなったり怪我をしたりしたスタッフもいたが、去った人はいなかった。しかし、医療機器の不足は深刻で、海外や国連からの支援物資や医療機器の提供に頼っている。

幼児が救命治療室に運び込まれたとき、点滴用のスタンドが不足して、母親と祖母は交代で点滴液を高く持ち上げ、医師の治療を待っていた。新生児もベッドにマットレスがなく、木のベッドの上に布にくるまれて、治療を待っていた。出会った母親たちは、どうにか母乳が出ているが、自分たちの食事は、ご飯と缶詰のみ。

被災地の市場が開き始め、野菜や果物などが口に入るようになったのは、12月20日前後からだという。母親の栄養不足は母乳で命をつなぐ新生児にとって、死活問題でもある。

 

日本政府も医療支援では、高い評価を受けたという。自衛隊も遺体が多かった場所の消毒や感染症予防の消毒などで活躍したという。日本からのNGOも食料や建材の供給、心のケアなどで継続した活動を展開している。しかし3か月を過ぎる今、支援の波は引き潮になっている。日本への期待は、東ビサヤ地域で一番大きいとされる、この国立病院の移築建設。海岸から高台への移築が計画されているため、その建物全体の建設費用の大半を日本政府が担う事を計画している。

今日も被災地で新しい命は 今日も被災地で新しい命は次々と生まれている。

母乳バンクに寄付を下さった、皆様の協力に深く感謝。

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