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フィリピン世界遺産の旅4 サンアゥグスティン教会(マニラ)

フィリピン世界遺産の旅4 サンアゥグスティン教会@マニラ  3/1フィリピン最古の教会といわれるのが、マニラのサンアゥグスティン教会(St. Augustin  Church)です。石造りの教会は、1607年に完成したものです。
1993年にユネスコの世界遺産として「フィリピンのバロック様式教会群」として、他の3つの教会(パオアイ・サンタマリア、パナイ)とともに選ばれました。

上の写真は左から教会と鐘楼、右は元修道院。
教会の左側(東)にも鐘楼がありましたが、地震で上部分が崩壊し、取り除かれています

 

右の元修道院の建物は博物館になっていて、キリスト教芸術が堪能できます。

教会のある地区は、マニラの旧市街で、イントラムロス(Intramurus: スペイン語で城壁の中という意味)と呼ばれています。1571年、スペイン人が統治のために建設した城壁にぐるりと囲まれた要塞都市です。カトリックの布教のために次々と教会が建てられましたが、大地震や火災、戦禍に見舞われ、奇跡的に残ったのはここひとつでした。

最初の教会がニッパヤシと竹で建てられたのは、1571年。しかし、3年後に中国の海賊によって焼かれてしまいました。2度目は木材で建設されましたが、1583年に失火により焼失。そこで3度目の建設は石材が使われました。1586年に着工し、1607年に完成。以来、数回の大地震や戦禍に耐えて現在まで残っています。

1880年のマニラ大地震では、2つの鐘楼のうち、東鐘楼に大きな亀裂が入り、上部が取り除かれました。また、第二次世界大戦の日本軍占領時は、強制収容所としても使われました。1945年の日米軍による激しいマニラ市街戦でイントラムロスの街は崩壊。損傷を受けながらも残った建物は、この教会のみでした。

元修道院は、現在は博物館になっています。今回は時間がなくて見学できずに写真は撮れませんでしたが、教会は大きな敷地をもち、いくつもの礼拝堂や18世紀のパイプオルガン、広い回廊や美しい中庭、そして400年の歴史を伝える絵画や彫刻など美術品の数々など、見応えのあるすばらしい博物館です。ぜひ、お時間をとって訪問することをおすすめします。

 

1958年に再建されたマニラ大聖堂をのぞむ。
カレッサ(馬車)に乗っての散策が観光客に人気

戦後、イントラムロス旧市街は、歴史的記念碑として復元されました。戦争で破壊された城壁、要塞、建物等は再建され当時の面影を取り戻しています。スペイン情緒あふれる街として多くの観光客が訪れています。

サンアゥグスティン教会では日曜日のミサの日、敷地にはテントが張られ、
ロザリオやマリア像などが販売されていました。
右の赤いガウンをまとっているのは、サントニーニョ像。

●フィリピン独自のサントニーニョ信仰
フィリピン人の約9 割がキリスト教徒で、多くがローマカトリックを信仰しています。そしてフィリピン人の家庭やお店の祭壇に、必ずといっていいほど祀られているのが、サントニーニョ像です。サントニーニョとは、「聖なる幼きイエス」という意味です。
フィリピンでは独自のサントニーニョ信仰がみられます。中部地方のセブ島で厚く信仰されていると聞いていましたが、ルソン島北部イロコス地方でも信仰が厚いことがわかりました。今回の旅で出会ったサントニーニョ像を何点か紹介します。

北イロコスのサラット村のマルコス大統領の実家に飾られていたサントニーニョ。
褐色の肌に濃い茶色の髪、金糸模様の真っ赤なガウンが華やかです。
・サントニーニョについて
『 ・・・サントニーニョがフィリピンで敬われているのは、1512年、マゼランがフィリピンのセブ島に到着し、現地の指導者フマボンと会って話をするうちに、フマボンがキリスト教に興味をもち、その話を聞いて、自分の家族と800人の部下と共に洗礼を受けたが、この際、マゼランが洗礼のお祝いに贈ったのが、サントニーニョの像であった。
 洗礼後ほどなくして、マゼランは戦死し、このサントニーニョの像も忘れられた。
 言い伝えによると、サントニーニョ像はランプの台として使われていたが、油が尽きることなく燃え続けたので、この出来事が部族中に語り伝えられていたという。
 さらに、この像によって、奇跡的に、台風や洪水の被害から免れることができたので、セブの人びとは、「最高の存在」(バタラ)と呼んだ。
 1564年、メキシコの船団がセブに到着したが、セブの人びとと戦いになり、セブの人びとは自分たちの村落に火を放ち、奥地に逃げて行った。その焼け跡に、火事を免れた大きなわら小屋を見つけ、中に入ってみると、あのサントニーニョ像が大切に布に包まれて安置されていた。
 以来、このサントニーニョの像は、セブ島、さらに現在のフィリピンに広まり、愛されるようになったのである。』
 (女子パウロ会HPより引用)

織物工房の入口に作られた高い棚に大切に祀られていたサントニーニョ像。
褐色の肌と真っ赤なガウン。ビガン市内。

こちらはお店でお客さんを迎え入れるように祀られていた2体のサントニーニョ。色白でブロンドの髪、丸顔のふっくらした愛らしさ。緑色のドレスのスパンコールが華やかです。ロザリオがかけられています。ビガン市内。

 

個人宅に祀られていた小ぶりなサントニーニョ。色白の肌に濃い栗色の髪。手作りの帽子がよく似合っていました。ビガン市内。
サントニーニョは北部のイロコス地方でも広く祀られて愛されていることがわかりました。「幼きイエス様」はとても可愛らしくてチャーミングな守護神です。
セブ島のサント・ニーニョ教会には、当時のサントニーニョ像が収められていて、多くの人の信仰を集め、祈りが捧げられているそうです。
・フィリピンへの旅 記憶にとどめるマニラ市街戦1945   へ続く・・・
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